最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)774号 判決 1949年11月15日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人両名の弁護人定塚道雄、同清野鳴雄の上告趣意について。
按ずるに、被告人等の取引した金巾織上品、金巾染色品は原判決の確定したところによれば何れも、纎維製品製造制限規則(以下規則という)に依る規格以外の綿織物即ちいわゆる規格外綿織物であるが、先づ綿織物の價格統制の経過を見ると、綿織物については、昭和二〇年二月價格等統制令により、販売價額が指定されていたところ、(1)昭和二〇年一二月二八日商工省纎維局長より、生産者代理日清紡績株式会社、乙号会社代理日本織物統制株式会社、丁号会社代理東京都纎維製品統制株式会社、小売業者代理日本百貨店組合に対し、二〇纎局第一一四三号を以て、價格等統制令第七條第一項但書により前記規則による規格品(規格檢査合格品及び同檢査不合格品をいう以下同じ)について、例外價額が一ヶ年の期限を附して許可された。しかるに(2)昭和二一年三月になって、同年三月三一日大藏省告示第二四一号により物價統制令第四條の規定に基き前記許可價額に一定の倍率(二、〇七)を乗じた額を前記規則規格檢査合格品たる織上品の統制額とし同加工品には別に定める統制、加工賃(同年同月同日大藏省告示第二四五号により指定)を加算したものを統制額とする旨指定し、且規格不合格品についても、之に準じて、統制額を指定した。即ち、前記(1)の例外許可の價額は、ここに右告示によって一定の増額をした以上、物價統制令第四條に基く、一般的な統制額とせられたのである。ところがその後(3)同年五月四日大藏省告示第三二一号により前記(2)の同年三月三一日大藏省告示第二四一号に定むる織物以外の織物(即ち規格外品)の統制額は、使用原糸の種類、密度、幅、長及組織等によって、右告示に定むる規格品に最も近似した安いものの價格の九割下げとし、又右告示第二四一号に依り販賣する者以外の者が販賣する場合には規格品であってもその統制額は、右告示の額の九割下げとする旨が定められた。(故に本件物品は規格外品であるから全然統制額を附せざる商品であるとの所論は誤である)これはみだりに規格外品であると称して前記大藏省告示第二四一号の統制額によることを免れることを防ぎ又織物が一定の配給機関以外の者の手に流れ出ることを防ぐため設けられた統制額であって、所論にいわゆる罰則的價格であったと思われる。(從って、罰則的價格は専ら業者價格であるとの所論も誤りである)しかるに(4)昭和二一年六月日本織物統制株式会社、丁号会社代理東京都纎維製品統制株式会社、小賣業者代理、日本百貨店組合は大藏大臣に対し右昭和二一年五月四日大藏省告示第三二一号による、統制額(いわゆる罰則的價格)には依り難い事情があるとして規格外綿織物について物價統制令第三條第一項但書による例外許可價格の申請をし、大藏大臣から同年六月二五日附藏物商第八六号によって、右申請に対し、物價統制令第三條第一項但書により例外許可價額が有効期間を同年六月一五日より一ヶ年間と限定して許可され次いで(5)右有効期間満了前である、昭和二二年五月前同一申請者からの申請に基き同年六月一四日物許第二〇二号により右申請者三者に対し、更に物價統制令第三條第一項但書により例外價額が許可された。然るに昭和二一年八月織物消費税法の一部が改正されたので、(6)同年九月一日物價庁告示第四〇号により、從前の統制額に新税率による税額を加算することが許されたのである。
以上の経過であって、原判決が確定している本件被告人等の取引のあった当時には、規格品については前記昭和二一年三月三一日大藏省告示第二四一号による統制價格が規格外品については前記昭和二一年五月四日大藏省告示第三二一号による統制額(いわゆる罰則的價格)並に昭和二一年六月二五日藏物商第八六号による例外許可價額が存したのである。
そして右昭和二一年六月二五日藏物商第八六号(以下昭和二一年藏物商第八六号と称する)による例外許可價額は、これなくば規格外品たる綿織物を販賣するに当っては、正規の配給機関が正当の事由があって、之を販賣する場合でも、規格品の統制額の九割下げ(一〇分の一)というような低價額いわゆる罰則的價額によらなければならなかったので、このいわゆる罰則的價額によることなく、前記日本織物統制株式会社、丁号会社、小賣業者が正当の事由により、規格外綿織物を販賣する場合の基準價額として、物價統制令第三條第一項但書により例外價額を許可したものというべく、從って、右昭和二一年藏物商第八六号による例外許可價格は。当時規格外綿織物を正当に販賣するときの價額としては適正な價額であったものといわなければならない。何となれば右價額は業者の申請に基き申請通りの額を許可額としたものであって相当の利潤も含まれていたものと認められるし、又当時綿織物は配給を統制されていて自由販賣は許されていなかったので、右申請者等業者以外の取引を考えることができないのであり、そして右價額が不当に低廉のものでないことは、右昭和二一年藏物商第八六号の後を受け許可された前記昭和二二年六月一四日物許第二〇二号の許可價額は右昭和二一年藏物商第八六号の價額より僅かに高いことから見ても明らかであるからである。故に原判決が被告人等が不当に高價な額で販賣したか否かを決するにあたり、右昭和二一年六月二五日附藏物商第八六号(原判決には藏商物第八六号とあるが藏物商第八六号の誤と認める)の價額を以って適正價額とし之を標準にしたことは何等違法ではない。尤も被告人が本件取引をした当時には、昭和二一年九月一日物價庁告示第四〇号により織物消費税の新税率による税額を從來の統制額に加算することが許されていたのに、右昭和二一年藏物商第八六号による價額には之を加算してないのであるが原判決の確定するところによれば被告人等は規格外品である金巾織上品幅二八吋のもの及同じく金巾染色品幅二四吋のものを、右昭和二一年藏物商第八六号の例外許可價額によれば前者は一ヤール当り三円九三銭、後者は一ヤール当り四円九一銭であるのに、(右昭和二一年藏物商第八六号の許可價額は、夫々一ヤール(三六吋)平方の價額を示しているが、これを夫々右二八吋幅並二四吋幅に換算したものが右金額である)之を前者については、六〇円乃至六七円後者については七七円三三銭乃至一〇八円九〇銭で販賣したというのであるから、右許可價額に前記新税率による税額を加算したものを標準として比較しても、超過額は著しく大きく、又之を右昭和二一年藏物商第八六号の後を受けて許可された前記昭和二二年六月一四日附物許第二〇二号による許可價額(これには右新税額は加算されていると思われる)に比しても遥に大きいので新税額を加算しない前記昭和二一年藏物商第八六号の許可價額を標準としても、原判決に何等影響はない、又
右昭和二一年藏物商第八六号による額は、前記昭和二一年五月四日大藏省告示第三二一号によるいわゆる罰則的價額に対し例外價額として許可されたものであること、前記の通りであるから原判決は罰則的價額を標準として不当に高價か否かを決した違法があるとの論旨は理由がない。
又右昭和二一年藏物商第八六号の價額は右許可の及ぶ一定業者のみに適用があるものであることは所論の通りであり且、原判決は、右許可價額のうち小賣業者價額を標準としていることは所論の通りであるが当時綿織物の販賣をすることのできる者は、配給機関として認められている業者(小賣業者も同様である)に限られていたので他に之を販賣する者はなかった筈であるから、右業者に許された許可價額は当時かかる綿織物の取引については適正な價額を示したものといわなければならないこと前記の通りである。そして原判決は右許可價額のうち被告人等に一番有利な小賣業者價額を標準にしたのであるから原判決には何等違法はない。尚前記の如く、右昭和二一年藏物商第八六号は本來許可の及ぶ一定業者にのみ適用あるもので業者でないものには適用ないものであるから、もし、前記昭和二一年三月三一日大藏省告示第二四一号及同年五月四日大藏省告示第三二一号による統制額が被告人等の行為を規制するものとすれば被告人等の所為は物価統制令第三條違反(統制額超過販売の罪)となり、同令第一一條第二項(被告人行為当時の)違反(不当高價額取引)の罪とはならないのではないかとの疑を生ずるけれども、前記昭和二一年三月三一日大藏省告示第二四一号及び同年五月四日大藏省告示第三二一号は何れも、本件取引の目的物たる金巾織上品同染色品については、生産者販売價額、日本織物統制会社販賣價格、丁号会社販賣價額のみを指定し小賣業者販賣價格を指定していないのでこれ等の告示による統制額は被告人等の小賣取引には適用ないものと解せられるので被告人等の所為を物價統制令第一一條第二項違反の罪に問擬した原判決は正当である。論旨は被告人等の如き綿織物の小賣業者でないものの取引に適用すべき統制額がないから本件物品は統制を行わない建前で当然に自由價格となり、之を判示價格で販賣しても無罪とせらるべきであると主張するけれども、物價統制令第一一條第二項(被告人等の行為当時の)違反の罪即ちいわゆる不当高價額取引の罪は、統制額の定めのない物を販賣する場合においても之を不当に高價な額で取引することを禁止したものであって、もしその價額が不当に高價な額であるときは罪となること論を俟たないところであるから右主張は採用できない。
次に論旨は、本件物品については、各府縣において広く統制額によらざる地方長官の例外許可が行われていると主張するが、本件物品について被告人等の本件取引が行われた宮城縣において当時所論のような地方長官の例外許可額の存したことは認められない。
してみれば原判決が前記昭和二一年藏物商第八六号の小賣業者價額を以て適正價額としこれによって被告人等の取引が不当に高價な額を以てなされたか否かを決める標準にしたのは正当であって、又原判決の確定した被告人等の本件物品の販賣價額が不当に高價な額であることは、前記の如く右昭和二一年藏物商第八六号による價額の十倍以上となっていることに徴し明瞭である。してみれば原判決には証拠に欠けるところはなく又原判決摘示の事実は挙示の証拠で十分認められるばかりでなく、その他原判決には所論の理由齟齬の違法もない。
よって第一点第二点の各論旨はすべて理由がない。
よって、旧刑訴法第四四六條に則り主文のとおり判決する。
右は当小法廷裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)